
幕末にペリーと日本全権との間で 日米下田条約が締結された了仙寺です。
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●了仙寺の歴史
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了仙寺は寛永12年(1635年)、第2代下田奉行・今村伝四郎正長によって創建されました。
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大阪夏の陣の時、目に病を持たれた徳川家康公は、家臣の勧めにより、当時目の神様として崇められていた身延山久遠寺第十一世の行学院日朝上人に病気平癒の願をかけられました。その祈願が成就したため、徳川政権安定の時に寺を建立することを約束されました。
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今村正長公によって創建された了仙寺には、当時の幕府の将軍・徳川家光より朱印状によって領地が与えられ、家康公の祈願成就に奉じました。従って、了仙寺の寺紋は徳川家の紋である三つ葉葵です。
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1854年、日米和親条約が締結され、ペリー艦隊が開港された下田に入港すると、了仙寺はペリー一行の応接所兼幕府との交渉場所となり、和親条約の細かい取り決めである下田条約がここで結ばれました。
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●ペリー日本来航
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1852年ペリーは当時のアメリカ大統領フィルモアから東インド艦隊司令長官を命じられ、同年11月24日アメリカ東海岸ノーフォークを出航し、日本に向かいます。当時アメリカではカリフォルニアに金鉱が発見され、西海岸が開拓され、さらに捕鯨業がさかんになってきたため、太平洋の重要性が高まっていました。北太平洋の要衝に位置する日本との国交はアメリカにとって欠かすことのできないことでした。ペリーは当初、12隻の大艦隊で日本に圧力をかけるつもりでした。ところが、故障する船や予定の立たない船が続出し、さらに旗艦として考えていた最新鋭の蒸気船は完成が遅れ、出航に間に合わなくなってしまいました。ペリーは仕方なく海軍最初期の蒸気船ミシシッピー号に乗り、日本に向かいました。アメリカ東海岸から大西洋を南下、アフリカの喜望峰を回り、インド沖から東南アジアを通過し、中国広東に寄港し、蒸気船2隻・帆船2隻からなる艦隊を編成し、日本に向かいました。そして途中琉球・小笠原諸島を経て江戸湾三浦半島の浦賀沖に来航したのは1853年7月8日のことでした。
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●日米和親条約
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久里浜で日本側に日本に開国を提唱するアメリカ大統領の親書を渡したペリーは翌年の再来航を約束して、いったん中国上海に向かいます。そして再び浦賀に来航したのが、1854年の1月。そして3月31日(嘉永7年3月3日)には日米和親条約が横浜で締結されます。その中で決まったのが、下田と函館(当時は箱館)の開港(箱館は翌年の開港)とアメリカ船の日本における物資の確保とアメリカ人の安全の保障などです。
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●ペリー下田来航
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日米和親条約により開港された下田には、ペリー艦隊の船が続々と入港してきました。ペリーを初めとするアメリカ人たちは下田湾の美しい風景に簡単の声を上げたと言われています。時は春、海から見た桜の満開の下田港はさぞきれいだったことでしょう。またペリーは下田の町がきれいに整備されているのに驚きました。特にペリーが感心したのは、下水が川に直接流れ込まないように川の脇に下水溝が作られていたことでした。日本でしかもこのように小さな町で、西洋の中心都市にあるような下水溝の設備があるなど、彼らの常識では考えられないことでした。
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●日米下田条約と了仙寺
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横浜で締結した日米和親条約では細かい点がほとんど決められていなかったため、下田に上陸したペリーは早速日本側と交渉に入りました。その場所となったのが了仙寺です。十日間にわたる協議の結果、1854年6月17日(嘉永7年5月22日)、日米下田条約(日米和親条約付則13ヶ条)が結ばれました。この中で、アメリカ人は下田の街中を自由に歩く権利、すなわち「遊歩権」を与えられました。これは一種の交流権ともいえるもので、黒船のアメリカ人と下田の町民たちはそこここで異文化の交流を体験しました。詳しくは下田幕末タイムスリップのページを見てください。了仙寺では、下田の町民たちを対象としたコンサートがアメリカ海軍の軍楽隊によって開かれました。これが日本での最初の洋楽のコンサートです。
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■了仙寺 ・〒415-0023 静岡県下田市3-12-12 ・TEL 0558-22-0657
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■了仙寺宝物館 ・TEL 0558-22-2805 ・FAX 0558-23-6355
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■交通 ・伊豆急下田駅から徒歩10分 ・バス 6台
・乗用車 40台
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ホームページ:http://www.izu.co.jp/~ryosenji/index.htm
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添喰鏝絵の名工
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浄感寺内長八記念館
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独特の芸術を完成させた 長八の華麗な色彩絵の数々
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長八が育てられながら学んだ寺の本堂の立替に江戸から馳せ帰り無報酬で天井や欄間等に塗った作品がそのまま残っています。
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「飛天の像」
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浄感寺内長八記念館
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〒410-3611賀茂郡松崎町松崎235 TEL.0558-42-0481 FAX.0558-42-3239 |
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●最寄りの駅 松崎東海バス駅より 国道136号線を約20分南下 ●入館料 大 人 400円 中学生 300円 小学生 100円 ●営業時間 AM9:00〜PM4:00 ●定休日 無 休 (法事の時は一時休み) ●付帯施設 売店・駐車場
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長八の作品は添喰鏝絵と云い、鏝を自由自在に使い彫塑し色彩を施したものであり、光と影を考慮に入れて塗られているので自然の光(左右上下いずれか)でみると味があります。
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●電車の場合 東京から新幹線で熱海経由で伊豆急下田駅下車 バスで松崎(3時間15分) ●お車の場合 東名沼津ICより136号線修善寺・土肥経由約2時間
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堂ヶ島ビジターセンター
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ピ ア ド ー ム 天
窓
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伊豆の感動をプレゼント!!
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150名収容の大型ドームシアターにて空と海からの体感映像をお楽しみいただけます。シアター入場までは伊豆の歴史資料室をご見学いただいてお待ちいただけます。
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堂ヶ島ビジターセンター ピアドーム天窓
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〒410-3514賀茂郡西伊豆町2097−1 TEL.0558-52-1119 FAX.0558-52-2520 |
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●最寄りの駅 東海バス堂ヶ島バス停より徒歩2分 ●利用料金 大人 900円 小人(5才以上)600円 ●営業時間 AM8:30〜PM5:00 ●定休日 特に無し ●付帯施設 専用駐車場30台, 小松観光センター駐車場30台, レストランピア,売店
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伊豆を紹介する観光客の為の ビジターセンター
1.大型ドームシアター 2.戦国時代の伊豆水軍の資料室 3.伊豆の工芸家の作品展示
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●電車の場合 伊豆箱根鉄道修善寺駅から東海バス 松崎行きで1時間20分 伊豆急連台寺駅から東海バス 特急西伊豆ライナーで39分 伊豆急下田駅から東海バス 堂ヶ島行きで1時間、堂ヶ島下車 ●お車の場合 東名高速沼津ICから 国道1号、伊豆中央道経由で 約75km 下田市から 国道414号、県道バサラ峠を 越え136号経由で 30km |
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